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NZ MoyaSystem

ニュージーランド在住のプログラマがあれこれ書くブログ

「一生遊んで暮らす」なんて、誰にでもできる

life work

「一生遊んで暮らす」と聞いて、どんなイメージを思い浮かべるでしょうか。

不動産や株、印税、アフィリエイトなどで多額の不労所得を得ながら、毎日働かずに暮らす。そんな生活送ってみたいけど、よほどビジネスの才覚があったり、宝くじで一等を当てるくらいの強運が無ければ、とても実現できない。そう考えている人が多いのではないでしょうか。

わたしも以前、日本のIT企業で奴隷のように働いていたときはそのように考えていました。しかしニュージーランドの会社でプログラマとして半年働いて、今はまったく逆の考えを持つに至っています。

「一生遊んで暮らす」なんて、誰にでもできますよ。

事実、自分が今まさに毎日遊んで暮らす生活を実践してますからね。

「嫌々やっている」が何ひとつ無い生活

今の僕の平日の生活はこんな感じ。


朝7時、朝日とともに目覚める。手早く身支度を整えて出勤。

8時半には会社に到着し、紅茶を片手に仕事を始める。

昼12時、同僚と社内の食堂で昼食。雑談しながらリラックスして午後の仕事に備える。

夕方5時、仕事を終えて退社。残業はまず発生しないし、したらそのぶん次の日は早く帰る。途中スーパーに寄り、適当に買い物しつつ帰宅。

夕食はゆっくり自炊することが多い。最近はカレー作りにハマっていて、スパイスを買い揃えて試行錯誤する日々だ。

食事を終えたら、ブログを書いたり、Twitterを更新したり、趣味の将棋を勉強したり、ネットフリックスで映画を観たり、だらだら YouTube を観たりして、日付が変わる頃にシャワーを浴びて就寝。


ん? これのどこが「毎日遊んで暮らす」なの? と思う方が多いかもしれません。アフター5は遊んでいるかもしれないけど、昼間は会社で働いてるじゃないかと。

重要なのは、昼間の仕事が自分にとってまったく苦痛ではない、むしろ楽しいものであるということです。

海外でプログラマとして働く生活にはずっと前から憧れていたので、その夢を実現できているだけでうれしい。

周りの同僚が優秀な人材ばかりで、彼らの知見を得ながら、自分の書くコードが日々成長しているのを実感できているのもうれしい。

さらに、自分の働きぶりを、上司にきちんと評価してもらえているのがうれしい。

これだけいい条件が揃っているのだから、毎日仕事に行くのが楽しみなくらいですよ。ときには、夜ダラダラしながら、昼間書いていたコードの改善案をぼんやり考えることもありますし。

わたしの今の生活において、イヤイヤやっていることは何ひとつ無いんです。

付け加えるならば、わたしは一介のサラリーマンにすぎません。起業して身を立てたわけでもないし、激しい競争を勝ち抜いてエリート街道を歩んだわけでもない。ただの会社員。

でも、こういう暮らしを送ることは可能なんです。

平日の仕事を楽しいものにするのが鍵

毎日長時間、好きでもない仕事に従事していれば、人生がつらいものになるのは当然です。

仮に、平日の朝から終電まで、特に好きでもない仕事をしているとしましょう。すると、自分の好きなことができる時間は一週間のうち土日しか無い。

つまり、好きなことができるのは人生の7分の2、30%未満ってことになります。こう書くと、途端におそろしく聞こえてきませんか?

ところが、平日の仕事が楽しいものになるだけで、人生のほぼ100%の時間で、好きなことができるようになる。

それは決して難しいことではありません。わざわざ起業しなくても、仕事の内容を工夫したり、職場の環境を変えたり、転職したりなどの一般的な方法で実現できるんです。

「一生遊んで暮らす」なんて、誰にでもできる。それを実現している人は、実は世の中にたくさんいる。

どうせ短い人生なんだから、やらなきゃいけないこととか、誰かに言われたからやることなんぞ極力減らして、毎日自分がやりたいと思える、好きなことだけやって暮らしていきたいもんですね。

意欲も能力もある人材を潰すのはもうやめてくれ

work

インドネシアから来日して介護福祉士となった女性が、現場の厳しい現実に耐えきれず帰国を決めたというニュースが報じられた。

digital.asahi.com

アニメで憧れた日本で働けると希望を抱いて、彼女ははるばるこの国までやってきた。介護福祉士に合格するまでは、補助金や研修が受けられるなどサポートが手厚かったものの、いざ合格すると家賃補助も研修も無くなり、その割に給料は上がらず、長期休暇も取りづらい職場環境。最後は要求される日本語レベルのあまりの高さに疲れ果て、結局インドネシアに帰ることにしたそうだ。

この手のニュースを聞くと非常に寂しい気持ちになる。

言葉も文化もまったく違う国にわざわざ渡ってきて、専門職として働こうという高いモチベーション、そして実際に国家試験に合格するだけの能力を持ち合わせている優秀な人材を、なぜ現場は使い潰してしまうのだろうか。

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自分の失敗を完璧にフォローされて涙が出るレベルな件

IT work

いま勤めている会社ではアジャイル開発を取り入れており、2週間を1スプリントとして管理しています。

各スプリントの終わりにはチーム内での実績報告とレビューを行います。今日はそのレビューでの話。

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【告知】ブログ書籍化の企画進行中!応援お願いします

others blog

突然ですがお知らせです。


なんと!

当ブログ「NZ MoyaSystem」の書籍化企画が進行中です!!


現在は編集者の方と内容について相談している状況です。まだ出版が決定したわけではないのですが、皆さんに自信をもってお届けできる一冊になるよう、一生懸命に中身を練っている段階です。

ただのサラリーマンもやしプログラマに、こんな機会が訪れるとは夢にも思いませんでした。これもひとえに、いつもブログを読んでくださる皆さんのおかげです。ありがとうございます!!

どんな本になるの?

皆さん気になるのは「それでいったいどういう本になるのよ」ってところだと思います。

ところがですね、現段階で公表できることは非常に限られておりまして。

今のところは「ブログの内容を活かした本になる予定です」としか言えません。

いやーもどかしい! でもほんとコレしか言えないんです。ごめんなさい。

発売の時期や価格、出版社などの詳細は、また企画が進むに連れて、おいおいブログに書いていくつもりです。どうか気長にお待ちいただければと思います。

応援よろしくお願いします!

この件はまだ企画の段階にすぎません。もし、出版社内の企画会議で「そんな本売れないんじゃね??」と思われてしまってはボツになっちゃいます。

ですので!

「NZ MoyaSystem が本になるなら読んでみようかなー」と思ってくださる方は、はてブやツイート、Facebookでのシェアなどで応援していただけると嬉しいです!

皆さんの反応一件一件が、書籍化実現の後押しになります。

まだ内容についてほとんど告知できない状況でこういったお願いをするのは非常に厚かましいですが、

必ず、応援してくださった方を裏切らない内容に仕上げますので、ぜひぜひ、応援のほどよろしくお願いいたします。

また本件の状況が進み次第、報告記事を書きます。楽しみにしててください!

当ブログのおすすめ記事はこちらです

NZ MoyaSystem ってどんなこと書いてるブログなの? と気になる方は、こちらの記事からどうぞ!

nzmoyasystem.hatenablog.com

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【書評】人は働くために生きるのではない!『人工知能と経済の未来』

books

近年、人工知能の技術発展が目覚ましい。

膨大なデモ音源の中からヒットしそうな曲を予測したり、スポーツの試合の結果から新聞記事を自動生成したりといった技術はすでに実用化されている。中には、人間の能力を凌駕するものも現れており、将棋や囲碁では、すでに最強ソフトが人間のトッププロに対して圧勝した。今後、プロ棋士という職業が存在し続けられるのかという問題は、業界に重くのしかかっている。

これはなにも特殊な職業に限った話ではない。翻訳、自動車の運転、法律文書の処理など、コンピュータが人間の仕事を置換していくであろう分野は多岐に及ぶ。今後どんどん人工知能が発展していったとして、我々の仕事は残されているのだろうか?

『人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊』は、そんな問いに対する答えを、経済学者の立場から論じた一冊だ。

「人工知能に仕事を奪われ 職に就けるのはたった1割!?」という衝撃的な帯文が目を引く。これは本書で示されている、現代人にとってもっとも悲観的な未来像だ。2030年に汎用人工知能が完成すると、急速に人間の雇用が失われ、2045年には全人口の一割しか働かない時代が来ると、筆者は予想している。

今からたった30年で、ほとんどの人間の仕事が無くなってしまう。では我々はそんな社会をどう生きればいいのだろうか。数少ない仕事を勝ち取るために、血の滲むような努力を続けなければならないのか。働けない人間は、そのまま飢えて死ぬしかないのだろうか。

答えは否だ。

本書では、「就職率1割」という未来を、実に楽観的な姿勢で捉えている。

人間の価値は「役に立つか」ではない

そもそも、「30年後、職に就ける人間は1割しかいません」と聞いたとき、なぜゾッとしてしまうのだろう。我々は、仕事のあるなしをなぜそこまで気にするのか。

筆者は「資本主義に覆われたこの世界に生きる人々は、有用性*1にとりつかれ、役に立つことばかりを重宝し過ぎる傾向にあります」とし、次のように述べている。

現代社会で失業は、人々に対し収入が途絶える以上の打撃を与えます。つまり人としての尊厳を奪うわけですが、それは私たちが自らについてその有用性にしか尊厳を見いだせない哀れな近代人であることをあらわにしています。みずからを社会の役に立つ道具として従属せしめているのです。
(『人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊』)

本来、人間の価値は労働力としての価値で規定されるものではない。もしそうだとしたら、働くことのできない子供や、重度の障害のある人は、この世界にとって無価値になってしまう。

人間は、人間として生きているだけで価値がある。

にもかかわらず、失業しただけで人間としての価値をも失ったかのように感じてしまうのは、この資本主義社会で、自力でお金を稼ぐ能力が過剰に評価されているからだ。だからこそ、就活に失敗したり仕事をクビになったりして自殺する人がいる。奴隷のような労働環境でも、転職せずに働き続ける人がいる。

労働力としての価値を失うことを、みな異様に恐れているのが、現代社会の実像だ。

ベーシックインカムで人工知能が生み出す富を分け合う時代が来る

では30年後、人類の9割が労働力としての価値を失う時代、世の中はどう変化するのだろうか。そのままでは人類の大半が失業者として貧困に陥る。何らかの社会保障を整備しなければ彼らを餓死させることになる。解決策はあるのか。

筆者はその答えをベーシックインカム(BI)に求めている。BIとは、「収入の水準に拠らずに全ての人に無条件に、最低限の生活費を一律に支給する制度」(本書より)のことだ。本書内では「みんな手当」とも言い換えられている。

将来、人工知能が労働のほとんどを置換するようになれば、圧倒的な経済成長が実現し、途方も無い莫大な富が次々と生みだされる。

ならば、人間はほとんど働かなくとも、人工知能が生み出してくれる価値をBIとして分配し、それを収入として暮らしていけばいい。

その未来において、9割の人間は社会に対してほとんど有用性を持たない。しかし、人間としての絶対的な価値を持ち、BIによる収入でなんの心配もなく、毎日好きなことをして、人生を楽しむことができる。

だから、全人口の1割しか働かない時代について、筆者はまったく悲観的でないのだ。

人間はやりたいことだけやればいい

残念ながら、現代社会では誰もが何かしらの仕事に就いて働くことを前提としているため、働かずに生きていくことは非常に困難だ。

しかし、人工知能の発達は、その仕事のほとんどが機械で代替可能であることを明らかにした。わざわざ人間がやらなければならない仕事など、そもそも少ない。

では、やらなくてもいい仕事を、あえてやる理由は何か。

答えはたったひとつ、やりたいからだ。

もくもくと砂場で遊び続ける子供のように、特に必要性などなくとも、やりたいことだからやる。それ以外に働く理由はない。

人間は働くために生きているのではない。今を生きるために生きている。いずれ汎用人工知能が世界を席巻すれば、それが当たり前の時代がやってくるだろう。

だが、その到来を指をくわえて待つ必要はない。

自分自身がやりたいと思う仕事に就いてしまえば、今を生きるための人生は容易に獲得できる。

やりたいことだけやる。やりたくないことはやらない。人生を豊かにするためのそんな当然の真理を、人工知能の技術発展があらためて浮き彫りにしているように感じた。

*1:フランスの哲学者・バタイユの用語。対義語は「至高性」であり、役に立つかどうかにかかわらず絶対的な価値をもつこと。

「仕事してるように見えるか」じゃなくて「仕事したか」で評価されたい

work life

わたしが今勤めているニュージーランドの企業には、日本でのサラリーマン時代と比べて気に入っている部分がいくつもあるが、そのひとつに「勤務時間中に何をやっても許される」点がある。

お菓子食べたりジュース飲んだりしながら仕事してもいいのはもちろんのこと、ヘッドホンで音楽を聞いたり、ブラウザで Facebook や YouTube を観たりしてもいいし、ポケモンGOで遊んでいたっていい。ランチタイムにお酒を飲むのも問題なしだ。

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