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NZ MoyaSystem

ニュージーランド在住のプログラマがあれこれ書くブログ

お金を使うために働く生活の滑稽さ

サラリーマン時代はかなり残業の多い職場にいた上、幸い残業代は申請したぶんだけ支給される会社だったために、毎月相当な額の給与を得ていた。基本的に実家暮らしだったので家賃も食費もかからず、それこそAmazonワンクリックでほしいものをアホのように買っても貯金ができるような生活だった。Amazonから小包届いたけど何頼んだか覚えてない、ということもしばしばであった。実にクレイジーな消費スタイルだったと言える。

主に買ったものは、スーツや腕時計にネクタイといった服飾品、話題の漫画に自己啓発本、学生時代にほしかったCD等で、はっきりいって普段の生活には必要ないものばかりだった。無駄とまでは言わないが、本ならブックオフで安く買ってもいいし、図書館で読めば無料だ。CDもTSUTAYAで借りればずっと安くすむ。スーツもそれなりのブランドのところで誂えたりしていたが、そもそも働かなければスーツなんていらんじゃんと今書きながら気づいて愕然とした。

結果的に、僕は稼いだ分使うために、毎日残業に精を出していたということになる。
激務からくるストレスのはけ口を消費に求めていたことは否めない。お金を稼がなければ買う必要のなかったもののためにお金を稼ぐ。なんと滑稽なことか。

対して今はどうか。月々の出費は日本の半分以下だろう。外食をほとんどしなくなったし、大型商業施設が近所に無いことも大きい。そりゃ毎日デパ地下やエキナカの華やかな商品を目にしていたら嫌でも物欲が湧いてくる。それで生活が豊かで無くなったかというとまったくそんなことはない。サラリーマン時代の高ストレスな生活から比べるとはるかに暮らしの質は上昇している。今の暮らしを維持するだけなら、月$1,000(約90,000円)あれば十分だ。

事実、消費は楽しい。社会人の特権は自由になるお金が増えることだ。学生時代に指を加えて見ているだけだったいろいろなものがたやすく手に入るのは気持ちがいい。しかし、その快楽のために日々仕事のストレスに耐え忍んでいるのなら、よく考えてみた方がいい。あなたの周りに増えているたくさんの不要なものは、あなたが不必要に受けてきた大量のストレスが姿を変えただけのものかもしれないのだ。