読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

NZ MoyaSystem

ニュージーランド在住のプログラマがあれこれ書くブログ

何のために働くのかわからなくなったら、自分に聞いてみたらどうか。

仕事 ライフ

こちらのエントリを読んで、うーん? と違和感を感じている。

paiza.hatenablog.com


違和感の原因は、ここに挙げられている言葉の多くが起業家に向けて語られている点にある。だからどれも、「自分のアイデアを信じて突き進め」的なメッセージになってしまっている。


それなのに記事の冒頭では、「開発は好きだけど、激務で精神的にも疲れてきた」「自分で便利なシステムを考えて作りかったけど、現実は振ってきた案件を消化するだけになってる気がする」と、悩めるサラリーマンを想起させるフレーズを並べているので、アドバイスが"微妙"にずれているのだ。


"微妙に"というのは、伝えたいことはなーんとなくわかるから。要するに「やりたくないことをやめて、やりたいことをやれ」と言いたいのだ(と思う)。


働く意味について考えてしまうのは、やりたいことと実際にやっていることが違うからだ。「激務は嫌だ」と感じるならば、今すぐ長時間残業を辞めるべきだし、「案件を消化するだけの仕事は嫌だ」と感じるならば、何か新しい事業計画を立てて会社に提案するなり、週末起業を始めるなりすればいい。


いざ実際にやりたいことをやってみたら「ほんとうにやりたいのはこれじゃなかった!」と感じることもあるかもしれないが、それでいいと思う。そうして少しずつやりたいことに近づいていけばいいのではないか。何も行動しなければ、やりたいこともできず、やりたいことが何かもわからずに、一生が終わってしまう。


「やりたくないことを我慢して続ける」という選択肢が一番良くない。我慢して得られるものなど何もない。配偶者や子供がいるから我慢しなきゃいけないのだ、という人もいるかもしれないが、わざわざやりたくないことをやらなくても家族を養う方法はいくらでもあるはずで、それが考えられない時点で自分の人生を諦めていると言える。


毎週40時間以上もやりたくないことに費やすなんて、懲役よりひどいではないか。


安定した生活を捨てるのはこわいかもしれない。しかし、何年もやりたくないことを続ける生活はもっとこわい。目先の安定にとらわれることなく、自分の人生をよりよいものにするために変化を追い求めるほうが、ずっと楽しい人生になるに違いないと、筆者は信じている。


何のために働くのかわからなくなったら、自分に聞いてみたらいい。そして、やりたくないことをやめて、やりたいことに充てればいい。自分の人生に大事なことは、著名な起業家たちではなく、自分自身が一番よくわかっている。