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NZ MoyaSystem

ニュージーランド在住のプログラマがあれこれ書くブログ

新卒一括採用の廃止は脱社畜社会への第一歩

仕事

先日、Yahoo! Japan が新卒一括採用を廃止するとの発表がなされ、大きな話題になった。今後は新卒にこだわらず、30歳以下を対象とした「ポテンシャル採用」を通年で実施するという。

pr.yahoo.co.jp

今後はこの取り組みが他社にも拡大し、なだれを打ったように社会全体で新卒一括採用が無くなる可能性もある。

わたしはこの流れを、大いに歓迎したい。

なぜなら、新卒一括採用の廃止こそ、いま問題となっている「社畜」的働き方からの脱却につながるからだ。
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そもそも「社畜」とは何か

まず、社畜の定義を明らかにするところから始めたい。

社畜と聞くと、毎日長時間残業している、休日出勤も多い、残業代が出ない、有給休暇が取れない、といったイメージを抱く方が多いかもしれない。

しかし、そのどれも、社畜の本質を表してはいない。

社畜の本質は、いまの会社や仕事を辞めることができない点にある。

社畜は、キャリアに対してスキルが著しく低い、あるいは、スキルが社内でしか通用しない方向にあまりに特化してしまったがために、ほかの会社で働けなくことができない。

それゆえ、劣悪な労働環境であっても、生活を守るために辞められないのだ。*1

その語源が「会社の家畜」であることからわかるように、まさに今の勤め先に飼いならされ、逃げ出すことができなくなっているのが、社畜を社畜たらしめている特徴である。

新卒一括採用が社畜を生む元凶

ではなぜ社畜が生まれてしまうのか。

わたしはその元凶が、新卒一括採用にあると考えている。

企業の視点からしてみれば、まったくスキルがなく、一言で言えば役に立たない、大学を卒業したばかりの学生を雇う必要などどこにもない。

それでも新卒採用を行うのは、会社の色に染めやすいからにほかならない。

高い採用コストと教育コストをかけ、企業は新卒社員を少しずつ会社の文化に染め上げていく。

当然、そこに「どこの会社に行っても恥ずかしくないような人材にしよう」という考えなどない。

せっかく高いお金をかけて採用したのだから、同じ会社でできるだけ長く働いてもらえるように育てていくのだ。

するとどうなるか。汎用的なスキルに乏しく、今の会社の中でしか通用しない人間ができあがる可能性が非常に高い。

気がついたときには、労働環境に不満があっても転職できず、定年までただただ我慢して勤め続けるだけの社畜になってしまうというわけだ。

新卒一括採用を廃止すれば、汎用的なスキルが重視され始める

新卒採用が無くなれば、学歴も卒業年次も関係なく、スキルと実績で評価される、フェアな競争が実現する。

学生たちは、不毛な面接対策やエントリーシート地獄から解放され、本業である研究に専念したり、企業が要求する資格を取ったり、インターンシップに参加したりと、より具体的な目標に取り組むことで、内定を得ることができる。

重要なのは、これらの活動によって手に入るものは、まさにどこの会社でも通用する、汎用的なスキルだということだ。

論文作成なり、プログラミングなり、会計なり、営業なり、選考において「自分はこれができます」とアピールしなければ採用してもらえないのだから、学生たちは必死にならざるをえない。

だが、それは一度身につけてしまえば、働く会社を自由に選ぶための武器になるのだ。

現在の新卒一括採用で必要な、冗長な自己分析や、一度限りの面接対策など、入社してしまえばもう二度と役に立つことはないことを考えれば、大きな違いだろう。

こうして、特定の会社に依存しない、汎用的なスキルを持つ人材こそが評価される社会がやってくる。それこそ、脱社畜社会なのだ。


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社畜が絶滅すれば、より人生を楽しめる社会がやってくる

経営コンサルタントの安達裕哉さんは、自身のブログの中で、ヨーロッパの若年失業率が高いことを例に上げ、若年雇用対策であった新卒一括採用を廃止すると、「現在において就職に苦労している人は、ますます就職に苦労する」のではないかと述べている。

そのとおりだろう。これまでは、新卒というプラチナチケットと、それなりの面接スキルさえあれば、誰でも内定を取ることができた。

しかし、それこそが異常だったのではないか。

社会が成長段階にあった時代は、とにかく人を多く採用し、無能な学生であってもイチから懇切丁寧に育て上げて戦力にしていく余裕があったかもしれない。

だが時代は変わった。日本の国力はかつての勢いもなく、新興国との激しい競争にも晒され、もはや、新卒一括採用がセーフティネットとして働くほど悠長な社会ではなくなってしまっている。

特にスキルを磨くこともせず、とにかくどこか大手の企業に滑り込んで、適当に定年まで勤めあげればいいやと考えている学生には、厳しい時代がおとずれるに違いない。

しかし、社会が半強制的に、学生たちに汎用的スキルを求めることで、これからは多くの人々が、自分で理想の人生を選び取る力を獲得するだろう。

就職後も会社をいくつも渡り歩いたり、ときには仕事を長期で休んで、大学に戻ったりボランティアをしたり。

それらは、ひとつの会社に依存する人生、すなわち社畜の人生では実現できないことばかりだ。

脱社畜社会は、人々がより人生を謳歌できる世界をもたらすはずだ。

社畜根絶のためにも、新卒一括採用が一刻も早く完全に廃止されることを期待したい。

*1:実際は努力次第で働く会社を選ぶことも可能だと思うのだが、社畜と呼ばれる人たちにはそういった努力を放棄している人が多いようだ。