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NZ MoyaSystem

ニュージーランド在住のプログラマがあれこれ書くブログ

禊 ― 年末の饒舌な回想 ―

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アニメ版『四畳半神話大系』を一気見するという実に怠惰な一日を過ごしてしまった。多少なりとも海外で身を立てようと思っている人間にとって日本への郷愁を思いおこさせるものはあまりよろしくない。作品の舞台となっている京都はかつて深い縁のあった土地なのでなおさらだ。出町柳、叡山電鉄、鴨川、四条河原町、錦市場、新京極、饒舌なナレーションにのって流れる土地土地の名前が懐かしさとも未練ともつかぬどろどろとした澱を身体の奥底で沸きたたせる。


京都に住んでいた女性とかつて交際していた。男女の仲になる以前から趣味を通じて知り合っており年に数回顔を合わせる程度の付き合いはあった。ある日突然相手から「今度デートしましょう」とメールが送られ、当時最初の彼女と別れて2年近くが経っており正直なところ溜まりに溜まっていた私はまんまとひっかかった。彼女の奔放な男性遍歴を多少なりとも知っていたのでほどほどに遊んで終わりにするつもりが気がつけば頭の先までどっぷり惚れており以後月一、二回の頻度で足繁く京都に通うことになる。



彼女は知的な女性であった。京都市営地下鉄四条駅から徒歩5分の場所にある六畳一間のボロアパートに住むフリーターという身分でありながらその稼ぎのほとんどをTSUTAYAとBOOKOFFに貢ぎ、余暇を映画鑑賞と読書に費やしていた。そのインプット量はバリバリの社畜として人生のほとんどを不毛なシステム開発ですり減らしていた私を遥かに凌駕しており、私は畏敬の念をもって彼女に接していた。また彼女は常にA4のノートを持ち歩き暇を見つけては自分の思考の断片を書き綴るという習慣を持っていた。四条駅に通じるビルの地下1階のサイゼリヤにおいて最終の新幹線ぎりぎりの時間まで彼女の思考まとめにつきあうのが常にデートの締めであった。生来の聞き上手を自負する私は「よい触媒である」というのが彼女の評だった。あのノートにいかなる内容が記されていたのか、今となっては全く思い出すことができないのだが。


彼女は精神疾患を抱えていた。境界性人格障害いわゆるボーダーを自称していたが真偽の程はわからぬ。境界性人格障害とは正常とも異常とも言えぬ精神状態つまりモノホンの精神病一歩手前ということからその名がつけられたそうだ。そのとおり普段の彼女は何ら普通の女性と変わることはなかったのだが少々のストレスを受けたり少し自分の思い通りに行かないことがあったりすると突如豹変し過剰に攻撃的になることが多々あった。例えば彼女は常日頃真夏の太陽の下で歩くのがとても苦手だと言っていた。もし京都盆地の殺人的な酷暑の中、うっかりレストランの場所を間違え長々と歩かせるようなことになれば、とたんに顔が土気色になり瞼は二重から一重に変わり刃のような三白眼をむきながら「あなたは私が暑いの苦手なのを知りながらどうしてこんな仕打ちをするのあなたは人の気持ちがわからないのね今自分がなぜ怒られているか理解してないでしょうどうしてあなたはそんなに頭が悪いの今まで自分のことを賢いとばかり思いながら生きてきたんでしょうその生き方を改めなさい」と言葉の鈍器で私の頭を何度も何度も殴りつけ、真夏でありながらあたかもここは厳寒の宗谷岬かと思わせるほど私の血の気を引かせるのであった。


境界性人格障害患者は感情の振れ幅が大きい。不機嫌なときにマイナスに大きく振れるということはプラスもまたしかりということである。彼女の私に対する愛情は間違いなく深かった。それは好奇心旺盛な私を喜ばせようと常に新しい京都の楽しみ方をデートプランに取り入れてくれるところから感じ取ることができた。通りを一本挟むだけでガラッと景色の変わる京都の街歩きの面白さを教えてくれたのは彼女である。また紅葉鮮やかなりし頃はプラチナチケットである嵯峨野のトロッコ列車の切符を手配し、和服の着付けと絶品おばんざいディナーまでついた完璧な旅程でもって私を出迎えてくれた。その他、ここではとても書けないあんなことやらこんなことでもその愛情の深さを表現してくれたのでますます首ったけになってしまったことを恥ずかしながら否定することができない。


交際開始から1年ほど経ち、テンションの高まったふたりは勢いで同棲を始め、光の速さで破局する。精神疾患を抱えた女性と暮らすことをまったくもって軽んじていた。天国から地獄とはまさにこのことである。彼女のごきげんメーターは120%マイナスに振れ続け日々私をその豊富な語彙力でもって日々罵倒し続けた。私は私で彼女への愛と畏怖からその罵倒を受け入れ耐えに耐え続けた。これが世に言うドメスティックバイオレンスの構造であると理解するのはついに彼女の罵倒が金銭の要求にまで及んだ状況に耐えかね弁護士に相談して以後のことである。いくばくかの手切れ金を渡して彼女を追い出し、あとには一人暮らしには広すぎる都心の2DKが残された。彼女は東京に引っ越したともついに女性の恋人をつかまえて同棲しているとも言われているが過去の趣味仲間とも縁が切れその行方は今ではようとして知れぬ。


別れた当初は彼女に対する殺意に心が支配される毎日でありこれからどう生きていいやらわからぬほどであったが、次第にそれも薄れ今ではよい思い出を回想することのほうが多い。昨年京都に赴いた時には四条烏丸河原町近辺をぷらぷらと徘徊した。今となっては時折一人旅に訪れる程度の街だが一種のホームグラウンド感さえある。この一帯の楽しみ方を教えてくれたのは間違いなくあの京都の女性なのだ。


2015年の年の瀬になぜこんな文章を書きたくなってしまったのか不可解極まりない。これも一種の禊であろう。来年こそはこの国で仕事を見つけて新生活をスタートさせなければならんのだ。その前に心に詰まった老廃物を出しきっておくのも悪くない。


アニメ版『四畳半神話大系』の主人公はバラ色のキャンパスライフを求めて様々なサークルに入会する並行世界をさまよい失敗に失敗を繰り返した後、「過去にどんな選択をしたところで同じような未来にしかならない。それを受け入れるしかない」ことを悟る。そして並行世界から抜け出し黒髪の乙女と恋を成就させる。


かくいう私もクリスマスや正月に特別な何かがあるわけでもなく地球の片田舎のそのまた片田舎でたったひとつの内定も得られずに必死こいている自分を受け入れるしかないのであろう。高校で文系を選ぼうが理系を選ぼうが、社畜になろうがなるまいが、京都の女性にぞっこんになろうがなるまいが、30歳の自分は貯蓄を食いつぶして仕事を探す人生だったのだ。


作中占い師の老婆は「好機は常にあなた様の目の前にぶらさがってございます。決して好機を逃さないことです」と主人公に繰り返す。果たして今の自分の目の前に好機はぶらさがっているだろうか。残念ながら私の心眼では何も見ることはできぬ。しかし見えぬからといって何も存在していないとは限らぬ。見えずともつかむまで、つかめずとも好機を待つまでである。人生死ななければなんとでもなることは身をもって知った。

四畳半神話大系 (角川文庫)

四畳半神話大系 (角川文庫)